ブランドデザインカンパニー「IGI」- IGI Brand Design Partner
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手描きからデジタルへ、激動の40年。
たきコーポレーションの“レジェンド” 前原達也さんが語る、
長く愛されるロゴづくりの本質

企業やブランドの顔となるロゴデザイン。世の中に溢れる無数のロゴの中で、数十年先も色褪せず、人々に愛され続けるデザインには何が宿っているのでしょうか。
 
たきコーポレーションで長年VI(ヴィジュアル・アイデンティティ)デザインの最前線に立ち続け、これまでに50以上のロゴを世に送り出してきたのが、たきコーポレーションのデザイナー・前原達也さんです。
 
社内では「レジェンド」とすら呼ばれ、若手デザイナーたちが最終的なクオリティコントロール(精緻化)を仰ぐ“最後の砦”でもあります。
 
1980年代、まだグラフィック業務はすべてが手書きの職人技で作られていたアナログ時代から、Macが導入されたデジタル黎明期、そして現在に至るまで、激動のデザイン史を最前線で見つめ続けてきた本人は至って気さくで、「老害にならないように気を使っていますよ」とあっけらかんと笑います。
 
時代がどれほど移り変わろうとも変わらない「デザインの本質」とは何なのでしょうか。
 
そして、長く愛されるVIを作るための哲学とはどのようなものなのでしょうか。
 
たきコーポレーションの歴史とともに歩んできた前原さんが、これまでの歩みとロゴへの想いを語りました。


Speaker

前原 達也Tatsuya Maehara
Designer
商業・公共・文化空間のグラフィックやサインデザインシステムのデザイナーを経て入社。数多くのVIデザインに携わる。社会や企業の視覚的イメージ向上のため、明解で機能的なデザインを実践。ロゴの新たな表現としてデザイン書道も手がける。

製薬会社志望からデザインの道へ。CI室の幕開け

前原さんのキャリアのスタートは、1987年にまで遡ります。たきコーポレーションの前身の1つである「ジャパングラフィックス」への入社がすべての始まりでした。しかし、幼い頃からデザイナーを志していたのかと問うと、意外な答えが返ってきました。

 

「実は最初、工業高校の化学科にいたんですよ。家庭の事情で、早く就職して家にお金を入れようと思って。当時は製薬会社のお給料が良かったから、そこに入ろうとしていたんです。でも、途中でちょっと道が外れてきちゃって『このままでいいのか』と。それでデザインの方向へ進路を変えたんです。だから最初から志が高かったわけじゃないんです」


デザインの世界に飛び込んだ前原さんが最初に配属されたのはクリエイティブの部署でした。主に広告デザインを担当し、忙しくも充実した日々を送っていましたが、心の中にはある思いが芽生え始めていたといいます。

 

「広告の仕事も楽しかったですが、自分はもっと白黒はっきりしたような、ビジュアルの根幹を作るようなデザインが好きだったんです。いつかはロゴに特化した仕事をしたい。そう思って会社に相談したら、『CI(コーポレート・アイデンティティ)室ができたから、やってみないか』と声をかけてもらえました」

 

時は1980年代の終わり。日本の広告業界においてCIやVIという概念が定着し始めた頃でした。広告代理店からの依頼をきっかけに、CIに特化した専門部署として立ち上がったのがCI室です。しかし、20代半ばの若手だった前原さんを待っていたのは、広告制作の現場とは全く異なる、厳格な職人たちの世界でした。

 

「CI室に異動してみたら、私以外は全員40代以上のベテランのおじさんたち。ものすごく硬い雰囲気でした。正直、ここでやっていけるか心配になりましたね」

 

当時のロゴ業務は、完全な分業制でした。著名なデザイナーが制作したロゴをもとにマニュアルを作成や、名刺や封筒などのアプリケーション作業が主でした。

 

「社名ロゴなどの文字作りは、専門の職人である上司がすべて担当していました。タイプフェイスコンテストの賞を獲るようなすごい方で、誰も手を出すことができない。まさに頑固職人の世界。色を決めるのも、社内ではなく外部の色彩研究所に依頼していましたね。教えてもらおうと思っても『見て覚えろ』という時代でしたから、必死で一流のロゴを見て、研究して、自分なりに吸収していくしかありませんでした」

1995年当時の作業風景

アナログからデジタルへ。Macと「爆弾マーク」との格闘

今のデザイナーには想像もつかないかもしれませんが、当時のロゴ制作はすべてアナログの手作業でした。ロットリングといったペンを使い、雲形定規やコンパスを使って、0.1ミリの狂いもなく美しい曲線を描き出していました。それは果てしない集中力を要する職人技です。

 

「今のようなデジタル入稿はありません。ロゴを会社のトレスコープ(紙焼き)や外注先から上がってきた印画紙を切り貼りして版下を仕上げ、色指定を行う。今Illustratorでやったら一瞬で終わる作業に、当時は100倍くらいの時間と手間がかかっていました。もし江戸時代の人が現代を見たら驚くでしょうけど、私たちからしても、当時の作業環境から今の環境への進化はそれくらい劇的ですよ」


そんな手描きの時代に、ついに変革の波が訪れます。Appleの「Macintosh」の導入です。ロゴ制作は図形的な処理が多いため、Illustratorというソフトウェアと最も相性が良く、CI室は社内でもいち早くMacが導入された部署でした。しかし、当時のMacは決して便利な魔法の箱ではありませんでした。

 

「会社にあったのは『Macintosh IIci』や『IIcx』といった初期のモデルが2台だけ。しかも、作業中に頻繁にフリーズして画面に『爆弾マーク』が出るんですよ。あれが出ると、今までの作業がすべてパーですからね。本当に冷や汗を流しながら仕事をしていました(笑)」

 

それでも、デジタルの可能性に魅せられた前原さんは、驚くべき行動に出ます。

 

「どうしてもMacで仕事を覚えたくて、秋葉原に行って自腹で自分のMacを買ったんです。当時の会社には『Mac手当』という制度があって、自分のMacを会社に持ち込んで仕事をすると月に数千円もらえて。何年かかっても元は取れませんけど、とにかく自分で触って覚えたかったんです」

50以上のロゴを生み出した哲学「シンプル・イズ・ベスト」

新しい技術を吸収し、アナログとデジタルの両方の時代を駆け抜けてきた前原さん。これまで数え切れないほどのラフスケッチを描き、50を超えるロゴを生み出してきました。時代とともにデザインのツールは変わり、アウトプットされる媒体も印刷物からウェブやスマートフォンへと変化しました。それに伴い、ロゴに求められるトレンドも波のように変化してきたといいます。

前原さんがこれまで手がけた主なロゴデザイン

「ここ10年、20年のスパンで見ると、ロゴのトレンドには周期があるのが分かります。グラデーションを使って立体的に見せるデザインが流行ったかと思えば、数年後には完全にソリッドなベタ塗り(フラットデザイン)に戻ったり。まるでファッションの流行のように、同じような波が定期的にやってくるんです」

 

ウェブやアプリでの表示が前提となったことで、ロゴの周りの余白(アイソレーション)の規定も、昔に比べてかなり狭く設定されるようになりました。情報量が多いデジタル空間では、限られたスペースに効率よく配置できるかが重要になっているからです。

 

しかし、媒体やトレンドが変わっても「ロゴの造形における本質は変わらない」と前原さんは言います。前原さんがVIデザインにおいて最も大切にしているのは「シンプル・イズ・ベスト」の哲学。

 

「視覚的にただ『かっこいい』だけのロゴはたくさん溢れていますが、私が目指しているのは、分かりやすくて、きちんと意味が込められている王道のロゴです。例えば、私が好きなロゴに外資系生命保険会社の『プルデンシャル』があります。ジブラルタルの岩をモチーフにしたロゴは、揺るがない安定性と信頼感を一発で表現していますよね。他にも、『KEIRIN』や、切れ味を文字に表現した『ジレット』など、意味が明確で、かつ極限まで削ぎ落とされたシンプルな構成のものが理想です」

 

シンプルなロゴには、デザインとしての美しさだけでなく、実用的なメリットも大きいといいます。

 

「シンプルであればあるほど、色々なアプリケーション(名刺、看板、ウェブなど)に展開する際の再現性が高くなります。コストも抑えられますし、何より時代のトレンドに左右されない耐久性がある。企業の顔として長く使われるVIだからこそ、10年後、20年後も色褪せない王道感が求められるんです」

 

時には海外のロゴデザインからインスピレーションを受けることもあるそうです。

 

「大塚製薬の『O』をモチーフにしたロゴなどは、海外のデザイナーの仕事です。上の楕円が重く、下が軽いという不安定なバランスは、日本人デザイナーの感覚ではなかなか作れません。そうした文化の違いから生まれる発想には、今でも憧れますね」

前原さんの心に残るロゴデザイン12選
※掲載ロゴは各社の商標または登録商標です

ロゴの品質を担保する「精緻化」の極意

現在、たきコーポレーションのVIデザインにおいて、前原さんは若手から「レジェンド」と呼ばれる存在です。特に、彼が担っている精緻化のスキルは、社内でも高く評価されています。精緻化とは、アイデアとして固まったロゴの造形を、視覚的な錯覚などを考慮して0.001ミリ単位で微調整し、誰もが美しいと感じる完璧なバランスへと磨き上げる最終工程のことです。

 

しかし、昔から「精緻化」という明確な工程が存在していたわけではないそうです。

 

「15年くらい前までは、精緻化という言葉で業務を区切ってはいませんでした。おおよそのデザインが決まれば、それぞれが個人の感覚で調整を行っていたんです。でも、世代が代わって若いデザイナーが増えてきた時に、この分野で一番知見のあった私のもとに『前原さん、見てください』と相談が集まるようになった。それが精緻化チェックの始まりです」


前原さんは「レジェンドなんて呼ばれるようなものじゃないですよ。ただ30年以上、この世界で地味に仕事を続けてきただけです」とフランクに笑いますが、前原さんが培ってきた審美眼は、1日や2日で身につくものではありません。では、その精緻化において最も重要視しているポイントは何なのでしょうか。

 

「私の場合、精緻化のチェックは絶対に1日では終わらせません。今日見たら、必ず次の日にもう一度見る。場合によっては2日置くこともあります。なぜなら、人間の目は不思議なもので、一晩寝てから見直すと、昨日とは見え方が変わってしまうことがあるからです」

 

デザインの現場では、締切に追われてその日のうちに判断を下してしまいがちです。しかし、企業の顔として何十年も使われるロゴだからこそ、その瞬間のノリやテンションで決めてはならないと前原さんは語ります。

 

「常に冷静な目で判断することが大事なんです。だから、パッと見た時の第一印象を何より重んじます。大きさが不自然じゃないか、バランスが崩れていないか。時間を置いて冷静な頭で第一印象を確かめ、必要であれば何度でも調整を行う。それが最後のクオリティを決定づけるんです」

次世代のデザイナーへ。これからのVIデザインに求められるもの

現在も前原さんは、後進のデザイナーたちが作成したロゴのチェックを行い、時にアドバイスを送っています。デジタルツールが進化し、誰もが簡単に美しいグラフィックを作れるようになったのが現代ですが、これからVIデザイナーを目指す若手たちに向けて、前原さんはどのようなメッセージを送るのでしょうか。

 

「今はツールが優秀なので、きれいなものはすぐに作れます。でも、だからこそ最後の粘りが重要なんです。VIデザインは、一度世に出たら簡単には変えられません。数カ月や1年で入れ替わる広告とは違い、20年、30年と残る可能性がある。だからこそ、表面的な派手さや奇をてらったデザインに逃げるのではなく、企業の理念や本質をどう形に落とし込むかという王道の思考を大切にしてほしいですね」


コンペやプレゼンでは、どうしても目立つデザイン、トガったデザインを提案したくなるのがデザイナーの心理かもしれません。しかし、前原さんは長年の経験から「結局、最後に選ばれるのは安心感のある安定したデザインが多い」と語ります。

 

「もちろん、トガったアイデアを出すのは自由です。でも、クライアントは企業の命運を背負ってロゴを選びます。奇抜すぎるものは、最終選考で落ちてしまうことが多い。だからこそ、王道のベースをしっかりと押さえた上で、そこにワンポイントのひねりやギミックを加える。その絶妙なさじ加減こそが、プロの腕の見せ所なんです」

 

インタビューの終盤、「一番心が動く瞬間はいつですか?」という問いに、前原さんは嬉しそうに語ってくれました。

 

「やっぱり、自分が作ったロゴが世の中に出て、例えば大きなホテルの壁面に掲げられて照明がパッと点灯した瞬間や、映像のイントロでバーンとロゴが出た時ですね。あと、何十年前に制作したロゴを街で見かけた時。ああ、やってよかったなと心から思います。この仕事の醍醐味は、そこに尽きますね」

 

ロットリングで線を引いていた時代から、Macの画面でデザインする現代へ。使う道具や環境は大きく変わった40年でしたが、「企業の思いを形にし、長く愛される顔を作る」という前原さんの仕事への向き合い方は、今も昔も変わらないまま。

 

前原さんが残してきた無数のロゴと、その背後にある冷静で粘り強い哲学は、これからもたきコーポレーションのDNAとして、若いデザイナーたちに確かに受け継がれていきます。


取材・執筆:船寄 洋之
撮影:鈴木 渉

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