2014年ごろより日本でも注目を集めてきた『パーパス』–。IGI(株式会社たきコーポレション)がパーパスの導入を始めた10年前には想像できなかったことですが、いまや、世界を代表する大企業がパーパス経営に取り組む時代となりました。
株式会社ぐるなびさんとIGI(当時は「たき工房 ブランドデザイン部」)のパーパス策定を含むリブランディングプロジェクトがスタートしたのは2020年。杉原章郎氏の代表取締役社長への就任(2019年)を機に、消費者のライフスタイルの多様化や人口減少などによる社会構造の変化、DXの加速など、外食産業を取り巻く環境がめまぐるしく変化する中で、その状況をピンチではなく変革のチャンスと捉え、新理念を体系化するためにリブランディングに取り組みました。
パーパス策定から4年、新理念体系とパーパスは組織や社員にどのような行動変革をもたらしたのか。 ぐるなびのブランドマネージャーである廣瀬一子さん、プロジェクトのBrand plannerを担当した竹嶋 晋(TAKI CORPORATION・ZERO 事業開発室 部長)、Creative directorの木村 高典(TAKI CORPORATION・IGI Chief Branding Officer, Creative Director)に加え、Producerの井上 元気(TAKI CORPORATION・IGI 代表, Branding Producer)を進行役として、当時を振り返り、これからを語ります。
※本記事は、2024年7月19日(金)に、実施したイベント「パーパスブランディイングがもたらした社員の行動変革、ぐるなびの今。」のクロストークをもとに編集したものです。
Speaker
廣瀬 一子 氏 Ichiko Hirose
株式会社ぐるなび ブランドマネージャー 大手エージェンシーにて12年間、デザイナー/ADとして様々な企業の担当経験を経て、2014年にぐるなび入社。デザイン組織のマネジメントとブランド構築関連の業務を兼任後、現在はブランディングに専念。ぐるなびのコーポレートブランディング推進全般と、ツール関連のクリエイティブ、ブランドガナバンスの強化、新規事業に関するブランディング支援等を担当している。
Speaker
竹嶋 晋 Susumu Takeshima
TAKI CORPORATION・ZERO 事業開発室 部長
博報堂IPにて企業の販促施策を企画立案、その後吉本興業にて新規事業の立ち上げ、セガトイズでは家族で楽しむ玩具事業マーケティングに従事。2010年より現職のTAKI CORPORATION入社。 企業課題を理念やビジョンから自社価値として引き出し、お客様の目に触れるグラフィックや施策までを一貫してデザインする、ブランディングメソッドを構築。
Speaker
木村 高典 Takanori Kimura
TAKI CORPORATION・IGI Chief Branding Officer, Creative Director
2004年TAKI CORPORATION入社。
広告のクリエイティブ全般の企画・デザインに携わる。2014年から企業・団体のブランデイングに従事。ブランド・アナリストとして、デザインブランディングで企業の未来を設計する。JAGDA会員。NY ADC, Clio Awards, LIA, ADFEST, HKDA global design awards, One Show Design, A’l1pick Awards等受賞。
Moderator
井上 元気 Genki Inoue
TAKI CORPORATION・IGI 代表, Branding Producer
2009年TAKI CORPORATION入社。ナショナルクライアントをはじめさまざまなクリエイティブ案件に携わる。たき工房のブランディング事業の立ち上げに携わり、プロデューサー兼プランナーとして、ブランディング案件全体の企画や進行等を一貫して担当。2023年にブランディング領域に特化した社内カンパニー「IGI」の代表に就任。
株式会社ぐるなび ブランド・ステートメント
>> ぐるなびのブランド・ステートメントについては こちら をご覧ください
刷新ではなく、再構築。
愛され続けてきたレガシーを継承しながら、変革していくことの困難
井上: ぐるなびさんのリブランディングについて、今回「策定」「浸透」「未来」という3つのフェーズに分けてお話を聞いていきたいと思います。
まず、「策定」について。策定フェーズを振りかえってみて、今だから話せる大変だったこと、楽しかった瞬間やシーンがあれば教えてください。
竹嶋: パーパス策定をご決断された杉原社長は、楽天の6人の創業メンバーのうちのお一人。その当時、ぐるなびさんには「日本の食文化を守り育てる」という、そのままパーパスにしたいようなスローガンがすでに存在していたんですよね。その先人のパワーに新しい風を吹かせ、変革するという、本当に強い意志が必要だったと思うんです。社員全員で、徹底的にやるんだ、というエネルギーを感じましたね。
廣瀬: そうなんです。ぐるなびのパーパス策定は、刷新ではなく、再構築だった。 創業以来、礎としてきた「日本の食文化を守り育てる」というワードは、私自身も含め、実は誇りに思っている社員が多かった。大切にしたいDNAは守りながら、新しく身につけていくべきことは何か?という問いに向き合い、 両軸を大切にするのは簡単ではありません でした。
策定のフェーズはとにかくやらなきゃ!という感じで。忙しい経営層9名のスケジュールを、数ヶ月間の間ワークショップのために抑え続けるという、まずは実行可能なスタートラインに立つところから、大変でした。全て終わった後に、意見が一致して、一致団結できたと感じた時に、ようやく肩の荷がおりましたね。
木村: 役員の方から若手社員まで、あらゆる社員の皆さんとワークショップをしたんですけど、役員の方々はアイデアをたくさん持っていらして、お話を伺っているだけで楽しかったです。 「それ全部実現したら、ぐるなびはめちゃくちゃ素敵な会社になるな!」って思ってました。
また、若手のメンバーとのワークショップでぐるなびのことだけではなくて、「食文化の未来がどうなっていくといいと思いますか?」というような問いも投げかけたんです。そうすると、政治的なことから、ぐるなびの外に出てやっていくべきことにまで議論が及んで、熱気がすごかった。 それも楽しい瞬間でしたね。
「参加している」という意識をいかに持ってもらえるか。
社員全員を巻き込んでいくワークショップの力。
井上: 大きな変革というのは、社員にとってはすぐには受け入れ難い側面もある と思います。例えば、社内プロジェクトだと忙しい社員には好意的に協力してもらえない時がある、といった課題も聞こえてくることがありますが、ぐるなびさんの場合はどうでしたか?
廣瀬: 策定時に御社にプロセスを設計していただいた時に感じたことですが、いかに事前に意見を聞くのか、意見を持っている人から引き出すのかということが本当に大事だなと思うんです。完成してから公表するのではなくて、「まだ考えてる途中なんだけど…」って伝えながら、その段階から現場の意見を取り入れていく姿勢を示していったことで、現場からの理解を得やすかった のではないかと思います。
もちろん「本当に必要なの?」って、意見を伝えてくれる人もいますけれど、そういう人とほど丁寧にコミュニケーションをとっていくと、本質的な課題を抱えていたりする。耳を傾けることにどのくらい時間がかけられるのか、ということが大事 ですね。
竹嶋: 社員の皆さんにどれだけ「自分も参加してる」って思ってもらえるかですよね。後からではもう取り繕えない。徹底的に参加してもらえるように設計する必要がある んです。そして、形にしていくプロセスもオープンに発信していく こともポイントですね。
木村: ワークショップをやる目的って色々あるんですけれど、例えば、本当にこれ必要?って疑問を持ちながら参加してる人がいるとする。そういう人たちは信用してくれるととても大きな味方になります。ワークショップって、コミットしていない人たちを仲間にして、説得するための場にもなるんです。 こちらが答えを伝えるのではなくて、参加者が主体的に考える場をつくる。WHYを投げかけ続け、問い続けていくのが自分たちの仕事だと考えています。
井上: そうやって、変容がみられた参加者ほど、積極的に意見を出してくれるようになることもありますよね。
現場のモチベーションを下げずに、やりすぎず、やらなすぎずで、なんとか続けていく。
井上: 策定したパーパスをどのように「浸透」させていったか。この3年間のお話もお伺いできたらと思います。廣瀬さんが浸透のための施策を進めてこられて、最も難しいと感じたのはどのようなところですか?
廣瀬: リアルな話になってしまいますが、ぐるなびは、ぐるなびは、依然、黒字達成に向けて社を挙げて取り組んでいる状態なんです。どの部署も社員がとにかく忙しくて、稼働がMAXの状態。そうなると、みんな目の前のこと以外に余力がないような状態になることもあります。
井上: 理念浸透の推進と業務のバランスが難しそうですね。
廣瀬: 現場の負荷になりすぎないように。モチベーションを下げてしまわないように。でも、浸透の施策をなんとか継続できるよう に、というバランスで、やりすぎずやらなさすぎず持続することを目指しています。
木村: パーパスの推進と業績をあげるということは、本来は相反しない はず。別のものに見えてしまっているというところにはまだ課題がありそうですね。
廣瀬: 仰るとおりだと思います。
木村: 理念の浸透という観点から考えると、現在、社を挙げて取り組まれている黒字化が達成された時に、「パーパスがなくても達したね」という形ではなく、パーパスがあったからこそ乗り切れたという形になればいいな、と思いますね。
井上: 皆さんとにかくお忙しいという現状の中で、浸透施策に対し社員の方から反発が起きたりすることはありましたか?
廣瀬: 反発を直接受け取ることができるような対面型の施策が現在ないということはありますが…忙しいことを理由に協力してもらえないということはあります。でも、そのこと自体を急激に減らすことは難しいと感じています。
竹嶋: 廣瀬さんがすごいのは、そんな中でも、施策を一人で推進して、やりきっていらっしゃるところです。どうしてやりきれるんですか?
廣瀬: 実はブランディンググループの構成員は私一人なので、実務もマネジメントも全部一人でやっています。そういう意味では、私にとってのチームは、いつも連携しくれる各部署のみんなですね。
なんでやりきれるかというと…協力してくれる社員、熱意ある社員に触発されているんだと思います。この人たちが居続けたいと思ってくれるような会社にしたい、と思うと自然とやらなきゃと思う。自分の原動力はそこにあるのかもしれません。
私の考えるブランディングは、私のような推進担当がいなくても自走できる状態になるのがベスト。そこに向かっていきたいと思っています。
竹嶋: 本当に素晴らしいですね。
応急処置ではなく、根っこからアプローチするために。ロードマップとクリエイティブの役割
井上: 廣瀬さんからIGIのチームに質問したいことはありますか?
廣瀬: 側で見ていた部分もあるんですが、改めて、プロジェクトのプロセスをどのように設計されているのか、何を大切にされているのかについてお聞きしてみたいですね。
木村: 浸透のための施策とクリエイティブを分けて考えてみると、浸透の施策自体は、シンプルにロードマップを引くことなのだと思います。 「ぐるなびがどう変わるのか?」「変わるためにどのようにして階段を登るのか?」というような設計図ですね。
それから、手段としてのクリエイティブで、可視化をしていきます。例えば、膝が痛い時は直接手当てをするだけではなくて、普段の姿勢を正すことが重要ですよね、という風に根本的な課題をピックアップする。そして、姿勢を正してもらうためのコミュニケーションを設計するというのが、クリエイティブを制作するということ だと思う。
廣瀬: 応急処置だけではいけない ということですよね。会社の中にいると、応急処置を求められがちなんです。出てる血を止めなきゃって。抜本的な解決につながらなくて、かえってリソースがかかってしまう結果になりかねないのに。そういうことを周囲に理解してもらうことが改めて、重要だと感じます。
木村: そうですね。会社から何かやれって言われると社員は抵抗するもの。「パーパス施策をやりなさい」ではなくて、「やりたい!」と思ってもらうために何ができるかこそが、プロセス設計の要ですよね。
個人と会社の未来に、パーパスがもたらすものは?
井上: では、「未来」のお話もお聞きしたいです。廣瀬さんがこれから先、実践したいことってどんなことですか?
廣瀬: ものすごくたくさんあります。(笑)
でもまずは、新しくなったパーパスのコンセプトに沿った、新しいCI(コーポレートアイデンティティ)のリデザインはやりたいですね。実は、過去の2年間の施策はすべて内製でやってきたのですが、CIのリブランディングに関しては使うべき予算を使って、しっかりやりたいというのはあります。また、それをやる時も、デザイン制作の会社さんに丸投げするのではなくて、社員も巻き込んで作りたいと思っています。
木村: パーパスを基点に考えると言うのが素敵です。
竹嶋: 浸透のための施策を行っていると、実際に事業をやっている部門からは「またそんなことにお金を使って」という意見が出たりすることもありますよね。事業や経営に関わる部門に浸透施策をうまく組み込むことで、パーパスが売上にちゃんと繋がっていくんだということも理解してもらう必要がある。 今、そういったデータの可視化をする事業を僕の方で進めていたりします。
井上: 様々な施策を推進されている廣瀬さんの個人の目線で、今、パーパスを通して実現したい会社の姿の何パーセントくらいを実現できていると思いますか?
廣瀬: 直感だと25%くらい。50%くらいの時もあるけど、それ以上になったことはないですね。ぐるなびの新たな柱になるべく進められている取り組みが、利益も含め、まだ事業として完全確立できていないので。株主にも社会にも認めていただけるだけの業績に到達して初めて、スコアが上がっていくと思っています。
一方で、社員から直接、浸透施策についての質問をもらったり、アンケートの自由記述欄にフリーコメントをくれる人が増えてきたり。浸透に関しては自分で思ってるよりも、うまくいきはじめたのかなと感じる瞬間もあります。
井上: 反応があるのは嬉しいことですね。
最後に、廣瀬さんから投げかけてみたい問いはありますか?
廣瀬: パーパスが、企業や個人の未来にどのような影響をもたらすのか?ということについて、改めて聞いてみたいです。
木村: 時代的に、パーパスというものがバズワードになって、その意義や価値を十分に理解しないままに策定してしまい、うまく使えていない会社もあるのではないかと思うんです。企業の担当者が、そんな状況を捉え直して、改めて、魂から出てくるようなパーパスが必要なんだと気づく瞬間があるといいですよね。そこに達すると、まず「世の中に対して意見を持つことができるようになる」んだと思います。あらゆる事象に対して、意見を持つようになると、自社の商品も、理念も、もっとこうあるべきだ!って考えるようになるし、自然と会社もよくなっていく。
会社が強い時代ではなく、個人が強い時代ですから、会社を選ぶときに「パーパスが強い会社に入りたい」という時代もやってくるし、パーパスに共感する会社の中で活躍すれば、個人の自己実現にもつながる。 そういう素敵な影響があると想像します。
竹嶋: パーパスというのは、会社の方向性を明確にするものです。ウェルビーイング推進に力を入れている会社があったとしたら、それはパーパスに現れるし、競争を大切にしている会社ならそれも現れる。その会社の判断基準やその会社の強さを示すものなんですよね。
廣瀬: 私たちもまだまだ道半ばではありますが、最終的に、社員一人ひとりが自社のパーパスを語ることができる状況を目指していくことが大事だなと思います。今回の対談で当時を振り返ったことは、初心に帰る良い機会になりました。これからもパーパスの体現に向けて、試行錯誤していきたいと思います。
井上: ありがとうございました。